LLCグロウイング&コミュニケーションコーチング協会

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「駅の広告を観て」=私の5年前ブログ記事から=(先生必見)

5年前、2012年10月21日に私がブログに掲載した記事を「コラム欄」に再掲載します。少し長い文書ですが子どもを育て指導する立場の皆さんにお読み頂ければと思います。
(新大阪駅ホームの広告看板を観て書いたものです)

『人は自分の可能性を使わずに一生を終える…??』、と言う様な内容だったと記憶しているのですが、駅で見かけた煙草の広告宣伝に使われていた文言です。
ご覧になった方もいらっしゃると思います。
誰なんだろう、と色々調べてようやく分かりました。

『われわれの持つ可能性に比べると、現実のわれわれは、まだその半分の完成度にも達していない。われわれは、肉体的・精神的資質の、ごく一部分しか活用していないのだ。概して言えば、人間は、自分の限界よりも、ずっと狭い範囲内で生きているにすぎず、いろいろな能力を使いこなせないままに、放置しているのである。』
米国の代表的な哲学者であり心理学者のウィリアム・ジェームス(1842~1910)の言葉でありました。
彼は、日本の近代哲学に少なからず影響を及ぼしました。西田幾多郎の「純粋経験論」に示唆を与えましたし、夏目漱石も影響を受けたとか。

確かに、人間の持つ可能性、つまり我々の脳の可能性ということになりますが、自分で想像出来る範囲を遥かに超える様々な可能性を持っていることは明らかなようです。
しかし、残念ながら、その可能性をどんどん減じながら人は人生をゆくのだと、ウィリアム・ジェームスさんは言っているのであって、その言葉はジェームスさんの鳴らす人々への『警鐘』のように聞えてきます。

特に教育の世界に身を置く人間にとって、熟慮すべき言葉のような気がします。
先生や大人が子供に対して、その可能性を逆に摘み取る様なアプローチ、例えば、「それをしたらダメだと言ってるのに、どうしてするの?」「こうしなさいといってるのでどうして出来ないの?」「そんなこと無理に決まっているでしょ」「どうしてあなたは勉強しないで遊びにいきたがるの?」等々。
ほんの一例にすぎませんが、このようなアプローチは子供の可能性を摘み取るだけでしかないということに、我々大人は気付かなければいけません。
そう言っている先生や大人自身は、自分の可能性を摘み取って、今の姿がある訳でして、自分の狭い固定観念の世界で子供を教育するのですから、子供にしてみればたまったものではありません。
だって、先の子供への質問は大人にだって難しくて答えらない「哲学的質問」ですもの。しかし、かく言う私自身も、昔はよくそんな質問を子供や部下に発していました。
ですから、私自身の自戒の念を込めて恥ずかしながら言っておるのであります。

多くの先生達と「コミュニケーション&コーチング」の勉強を共にしておりますが、そこでは単に対話の手段論よりも、人の発達や成長とは何かということをしっかり考え、理解することを重要にしています。
そして、自分自身の「人間観」「教育観」「成長観」「人生観」といったことを自覚し自己認識することを大切にしています。
そうでなければ、子供に対して、コミュニケーション&コーチングスキルを使う意味が分からない訳ですし、自分の価値観や考え方に触れぬままに、いくら対話スキルを学んでも活かすことが出来ないからであります。

さて、最初のタバコの広告ですが、JTが何故ジェームスさんの名言を使ったのでしょうか。
タバコをゆっくりと燻らせながら、自分の可能性について考えてみては如何?と言いたいのでしょうか。
タバコは血管を収縮させるので、脳の活動に何かしらの悪影響を及ぼすと、どこかで聞いたような気がします。
だとしますと、この広告には矛盾が潜んでいることになってしまいます。

あっそうか、私自身はタバコを吸いますから、悪影響説を支持して公告は矛盾だと言えば、それこそ自己矛盾になってしまいますね。

ややこしいことを申しました。
タバコを燻らせて、ゆっくり考えてみます。